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岐阜地方裁判所 昭和51年(行ウ)1号 判決

岐阜県各務原市成清町六二六番地の一

原告

酒井産業株式会社

右代表者代表取締役

酒井三郎

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

右訴訟復代理人弁護士

桑原太枝子

岐阜市加納清水町四丁目一一二二番地

被告

岐阜南税務署長

平石金吾

右指定代理人

杉垣公基

三輪冨士男

柳田義雄

西野清勝

波多野昭良

後藤朝毅

仲田勇

間瀬暢宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和三七年九月一九日付けでなした次の各事業年度にかかる法人税更正処分は、いずれもこれを取り消す。

(一) 昭和三三年六月一日から同三四年五月三一日までの事業年度

(二) 昭和三四年六月一日から同三五年五月三一日までの事業年度

(三) 昭和三五年六月一日から同三六年五月三一日までの事業年度

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、絹織物等の販売を業とする株式会社であつて、法人税の納税義務者たる内国法人に該当する。

2  原告は、被告に対し、

(一) 昭和三三年六月一日から昭和三四年五月三一日までの事業年度(以下「第一年度」という。)

(二) 昭和三四年六月一日から昭和三五年五月三一日までの事業年度(以下「第二年度」という。)

(三) 昭和三五年六月一日から昭和三六年五月三一日までの事業年度(以下「第三年度」という。)

につき、確定した決算に基づき、その所得金額及び納入すべき法人税額を左記のとおり申告した。

事業年度 所得金額 (円) 法人税額 (円)

第一年度 三六二万四九二七 一二七万七四六〇

第二年度 三〇二万二〇四五 一〇四万八三六〇

第三年度 四四五万一一九二 一四九万二〇五〇

3  被告は、原告に対し、昭和三五年一二月一二日付けをもつて、原告の申告に係る第二年度の所得金額及び法人税額について次のとおり更正する旨の処分をした。

所得金額 三三九万六八七五円

法人税額 一一九万〇七八〇円

4  さらに、被告は、原告に対し、昭和三七年九月一九日付けをもつて原告の申告にかかる第一及び第三年度の所得金額及び法人税額について次のとおり更正する旨の処分をなすとともに、第二年度の所得金額及び法人税額につき再度これを更正する旨の処分をなした。

事業年度 処分内容 所得金額 (円) 法人税額 (円)

第一年度 更正 一七三七万九二五五 七一九万四〇八〇

第二年度 再更正 一〇五三万二二三七 四二八万七三〇〇

第三年度 更正 一八三四万〇二三二 七二八万二四六〇

5  原告は、前記4記載の各更正処分及び再更正処分(以下「本件各更正処分」ともいう。)について、昭和三七年一〇月一九日付けをもつて、再調査の請求をなし、被告はこれを審査請求として取り扱うことを適当と認め、原告もこれに同意したので、昭和三七年一一月二日、右再調査請求は審査請求とみなされた。その後、被告は、昭和五〇年一一月一七日、右審査請求につき棄却の裁決をなしたうえ、同年一一月二四日付けで原告宛に裁決書謄本を送付し、原告はこれを受領した。

6  本件各更正処分はいずれも右各処分にかかる事業年度における原告の所得金額及び納入すべき法人税額の認定を誤つた違法なものである。

7  よつて、原告は本件各更正処分をいずれも取り消すことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5記載の各事実はいずれもこれを認める。

2  同6の事実は争う。

三  被告の主張

1  原告には、第一ないし第三事業年度につき、左の表ア欄記載の申告所得金額(ただし、第二事業年度については請求原因3記載の更正処分にかかる所得金額)のほかに、同表イ欄記載の所得(以下「別途利益」という。)があつた。そこで、被告は、右各事業年度における原告の課税所得金額は、右申告所得金額(第二事業年度については前記更正処分にかかる所得金額)に右別途利益の額を加算した金額(同表ウ欄記載の金額)であると判断し、右課税所得金額の範囲内で本件各更正処分をしたのであるから、右各処分が適法であることは明らかである。

〈省略〉

2  被告は、別表一ないし三記載の第一ないし第三事業年度にかかる課税貸借対照表に基づき、資産負債増減法を適用した結果、1項表イ記載の別途利益の存することを推計したものである。右課税貸借対照表記載の各勘定科目に計上した数額についての主張は別紙「課税貸借対照表説明書」に記載したとおりである。

3  本件各更正処分の背景となつた原告設立の経緯及びその経理の実態等について、若干敷桁して説明すると以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和二八年一一月一一日、絹織物等の販売を営業種目として設立された株式会社である。しかして、その設立に至る経緯は次のとおりである。

(1) 原告設立当初の代表取締役であつた亡酒井一政(以下「一政」という。)は、終戦後まもなく酒井正男(以下「正男」という。)と共同で絹織物の製造・販売を開始した。

(2) 一政及び正男は、昭和二五年六月一日、右両名に加え酒井三郎の出資を得て、酒井産業合名会社(昭和二八年一〇月一八日、合名会社酒井一政商店と社名変更。以下「合名会社」という。)を設立し、(1)に記載した一政及び正男の個人営業を合名会社において全面的に引き継いだ。

(3) 更に、一政らは昭和二八年一一付一一日、原告を設立し、その直後である同月一八日合名会社の解散手続をとつた。

(二) 原告の経理の実態

正男は、合名会社設立当初からその経営を事実上掌握していたのであるが、同社経理上以下にみるような不正な方法によつて所得を隠蔽し、いわゆる簿外資産を形成し、原告設立後に至つてもかかる不正経理を重ねて簿外資産を蓄積していつた。すなわち、

(1) 正男は、合名会社営業当時から、ア帳簿外で取引を行う、イ期末棚卸商品を除外する、ウ架空の経費や仕入れを計上するなどの不正な方法で合名会社の所得を隠蔽し、このような不正経理によつて得た金員をもつて有価証券を取得したり、いわゆる仮名預金を行い、簿外資産を形成した。

(2) 右合名会社の簿外資産は、原告設立に際し、実質上原告に引き継がれた。

(3) また、正男は、原告設立当時、合名会社が所持していた商業手形の一部について、その支払いを受けた際、その金員をもつて適法な清算手続によることなく仮名預金をするなどし、不当に原告の簿外資産とした。

(4) さらに、正男は、原告の経理担当者に対しても、右(1)に記載したような不正経理を行うことによつて所得を隠匿することを指示し、これによつて得た金員をもつて簿外資産を増加させていつた。

被告は査察の結果、右(1)ないし(4)に記載したような原告の経理の実態を掌握した。その結果、利子所得等簿外資産の運用によつて得られた利益や本件各事業年度中における不正経理によつて隠匿された所得の存在が明らかとなり、これら所得(別途利益)に対する課税が必要であつたことから、本件各更正処分をなすに至つたものである。

四  被告の主張に対する認否及び原告の主張

1  被告の主張1記載の事実は、このうち、第一ないし第三年度につき、原告に被告主張の申告所得(ただし、第二事業年度については請求原因3記載の更正処分にかかる所得)のほかに、左記別途利益のあつたことは認めるが、これを超える別途利益のあつたことは否認する。

第一年度 一一八六万六〇〇六円

第二年度 五三〇万七二一八円

第三年度 一二一三万五五九四円

2  同2の事実は争う。別表一ないし三記載の第一ないし第三年度にかかる課税貸借対照表の各勘定科目に計上された数額のうちには明らかに不当なものがある。この点についての原告の主張は、別紙「課税貸借対照表説明書」記載のとおりである。

3(一)  同3の(一)の冒頭の事実は認める。

(1) 同3の(一)の(1)の事実はこれを認める。

(2) 同3の(一)の(2)のうち、合名会社が一政及び正男の個人営業を全面的に引き継いだとの点は否認し、その余の点は認める。

一政及び正男は、合名会社設立に際し、個人営業によつて得た資産のすべてを合名会社に出資したものでもないし、また、合名会社設立によつて個人営業を全面的に中止したものでもない。一政及び正男は合名会社設立後も個人として絹織物等の卸売を続け、少なからぬ収益をあげていた。

(3) 同3の(一)の(3)の事実は認める。

(二)  同3の(二)の事実は、原告が若干の簿外資産を有していたとの点に限りこれを認めるが、その余の点はいずれも否認する。

被告は、明らかに正男の個人資産である定期預金等まで原告の簿外資産であると認定して、本件各更正処分をした。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし5(本件各更正処分の経緯)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の主張につき検討するに、被告は別表一ないし三の課税貸借対照表に基づき資産負債増減法を適用した結果、同表のとおり別途利益の存することを推計したと主張する。ところで、原告が若干の簿外資産を有していたことは原告も自認するところであり、成立に争いのない乙第三号証、第四号証、第六ないし第八号証、第一〇ないし第一四号証、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告においては、帳簿外で取引を行う、期末棚卸商品を除外する、架空の経費や仕入れを計上するなどの不正な経理を行つていたことが認められ、これらの事情のもとでは、推計により原告の所得金額を算出するよりほかに方法がなかつたものというべく、したがつて推計課税によることは適法であり、また、推計方法として資産負債増減法を採用したことは、右方法自体妥当な方法であるから、これを違法であるということはできない。

三  係争第一年度の所得金額

1  別表一の係争第一年度の課税貸借対照表の勘定科目に計上された数額につき原告が争つているのは次の諸点であり、その余の勘定科目及びその数額については当事者間に争いはない。

(一)  普通預金のうち、岐信・那加松本成一名義の普通預金口座分

期首 二九万六六八八円

期末 四四万一八三三円

(二)  定期預金のうち、大共・那加預金分のうちの別紙「大共・那加係争定期預金一覧表」一ないし四記載の定期預金(以下「本件係争定期預金」という。)

期首 計二五口 三二七七万六五五八円

期末 計八〇口 三四七四万八一六〇円

(三)  仮受金

期首及び期末 三〇二五万四八四四円

(四)  繰越利益金・別途利益のうち、次に記載する分

繰越利益 別途利益

期首 二八一万八四〇二円

期末 二八一万八四〇二円 二一一万六七四七円

2  大共・那加の本件係争定期預金について

前項記載の各争点につき判断するにあたり、(二)の大共・那加の本件係争定期預金の帰属が最も原被告の主張の差が大きい点であるから、まずこれについて検討を進める。

前掲各証拠に加えて、成立に争いのない乙第一号証、第二号証、第五号証、第九号証、第一五号証、第一七ないし第二〇号証、第二二号証、第二四ないし第二六号証、第三五号証、第三九号証、第四〇号証、第四六号証、第四七号証、原本の存在及び成立について争いのない甲第一三号証、第四四号証、第四五号証の一ないし三、証人田中徳光の証言(第一、二回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる(一部に争いのない事実も含まれる。)。

(一)  一政は、第二次世界大戦前から絹織物等の製造販売業に従事していたところ、戦争中は経済統制のため一時廃業していたが、終戦後、復員してきた正男とともにこれを再開した。昭和二四年一〇月ころ、統制解除にともない、一政らは右営業を本格的に行うようになり、この機会に昭和二五年六月一日合名会社を設立した。なお、合名会社設立後は専ら販売(卸)を取り扱うようになつた。

(二)  昭和二七年ころから正男が合名会社の経営を取り仕切るようになり、一政は代表者ながら相談役のような立場に置かれることとなつた。

(三)  合名会社の経営は順調であつたところ、正男は当時から簿外取引等の方法により簿外資産を蓄積していた。昭和二八年合名会社が事業税につき調査を受け、経理の乱脈が明らかになつたことなどをきつかけとして、同年一一月一一日原告を設立し、同月一八日合名会社は解散された。

原告は実質的に同族会社であり、営業の内容は合名会社と全く同一であつた。

原告の経営は、合名会社当時と同様正男が取り仕切り、簿外の分も含め資産(預金・有価証券等)の管理はほとんど正男が行つた。

(四)  正男は、経営担当者の田中や京都支店の責任者である弟酒井三郎に指図して、架空経費計上や売上除外を行わせ、原告の簿外の資産を蓄積していつた。昭和三三年ころからウール着尺の売れ行きが好調で業績が急に伸びたうえ正男が田中に命じて多額の売上除外を実行したことから、簿外の資産は、大幅に増加した。

(五)  本件係争定期預金は、すべて仮名定期預金であるところ、その通帳や使用印鑑は正男が管理しており、また原告やその取引先が大共・那加から借入をする場合に担保に供されていた。

(六)  一政や正男は合名会社設立後には個人として事業所得の申告を行つたことはなく、個人として事業を始めた旨の事業開始届を所轄税務署長に提出したこともない。

一政の死亡に伴う相続税の申告において、正男ら相続人は本件係争定期預金を相続財産としては申告しなかつた。

(七)  昭和三六年九月ころ、原告は、国税当局の調査を受け、その結果係争第一ないし第三年度の法人税逋脱が確認されたとして、原告と原告代表者正男は法人税法違反で刑事訴追され、結局有罪が確定した。

その捜査の過程で、正男は検察官に対し、原告の裏預金の中に本件係争定期預金が含まれることを認める供述をしており、刑事公判においても本件係争定期預金が原告の簿外資産であることを争つてはいない。

以上の各事実を認定することができ、これを覆すに足る証拠はない。

前記認定の合名会社や原告の設立の事情・経営状態、本件係争定期預金の運用管理の状況、その他の事情を総合すると合名会社においては簿外取引等の方法により相当の簿外資産が蓄積されていたが、原告設立によりこの簿外資産は合名会社から原告への包括的営業譲渡に伴いそのまま原告に引き継がれ、原告設立後においても原告の簿外資産は、架空経費計上や売上除外の方法で一層増加し、仮名預金や有価証券等の形で正男によつて管理されていたものであり、本件係争定期預金はこのような簿外資産の一部であり、したがつて原告の資産であるということができる。

これに対して原告は、一政や正男は合名会社設立後も個人的に取引を行い、また会社の受け取つた手形を個人の預金で割り引いては割引料収入を得ていたところ、原告設立時には左記のような個人資産を有しており、これを個人として運用して形成したのが本件係争定期預金であつて、本件係争定期預金の成り立ちは別紙預金継続図のとおりであるから、他の原告の簿外資産たる預金とは截然と区別される個人資産である旨主張する。

〈1〉 銀行預金 合計六六〇万九〇〇〇円

〈2〉 一政らが個人で所持していた手形 額面合計二三五四万八六六〇円

内訳(1) 一政及び正男が個人的に絹織物等の売買を行い取得した受取手形(別紙受取手形一覧表一及び二記載のとおり) 額面合計八九六万九〇一一円

(2) 一政が、合名会社の受取手形を割り引き所持するに至つた手形(別紙割引手形一覧表及び手形目録記載のとおり) 額面合計一四五七万九六四九円

〈3〉 在庫商品 合計五〇〇万円相当

〈4〉 大共・那加に一政名義をもつて預けられた当座預金残高 九万七一八四円

よつて検討するに、前記資産のうち、〈3〉を除くものについては、これらの存在自体は当事者間に争いがない。なお前掲乙第一九号証によれば、在庫商品は若干は存在したものの、その売得金は岐阜信用金庫駅前支店の預金に預け入れられたことが認められる。しかしながら、一政や正男が個人的にも取引を行つていたことを認めるに足る証拠は一切なく(一政が愛人であつた亀山方を拠点として行つていた取引については後述のとおり)、かえつて前記認定のとおり、一政や正男は個人として事業所得の申告や事業開始届をしていなかつたのであり、また原告の前身というべき合名会社程度の規模の同族会社の経営に携わつている者は通常その経営に忙殺され、傍らで正規に個人的に取引を行うような余裕はないものと考えられるうえ、その取引も原告会社の従業員を使用して行われていることなどからすると、原告がいうように一政や正男が個人的な取引で利益を挙げていたということはできない。

また、原告は、一政や正男は個人の預金で前記〈2〉(1)の合名会社の受取手形を割り引いていたと主張し、証人田中の証言中には「銀行は小さい取引先の振り出した手形は割り引きたがらないので、個人の預金で割つたこともあつた。」旨の供述もあるが、一般に銀行は手形を割り引くかどうかは振出先の信用よりも手形を持ち込んだ者の信用によつて判断するのであるから右証言はにわかに信用できず、更に会社が受け取つた手形を代表者個人が割り引くということは通常の取引慣行に比していかにも不自然であり、たとえ帳簿上そのような処理がなされていたとしても、それは簿外資産を形成するための経理操作の一に過ぎず、実際の取引を反映したものではないというべきである。

また、一政や正男は合名会社設立後、個人的に事業を行つていたわけでもなく、割引料収入があつたわけでもないから、会社から受け取る給料や個人的に行う有価証券の取引などの外に個人資産を蓄える収入があつたとは考えられず、更に合名会社設立前に個人事業をしていた時代はほとんど統制経済の期間であつたからさきほどの個人資産を蓄えるにはいたらなかつたはずであり、原告が主張するほどの多額の個人資産があつたとはにわかに措信できない。

次に、原告は、合名会社の簿外資産の全部が原告に引き継がれたものではないと主張するが、前記認定のとおり、原告の設立と合名会社の解散がほとんど近接していること、両者の営業の内容が全く同一であること、原告も実質的に同族会社であつたこと等の各事実からすると、原告の設立は実質的には合名会社の組織を変更したに過ぎないものと考えられる上、一般にこの程度の規模の会社の組織改変に際しては、負債はともかく、特段の事情がない限り資産の全部を新会社に譲渡するのが通常であると考えられ、特段の事情を窺わせる証拠もない以上、合名会社の簿外資産は、合名会社から原告への営業譲渡に伴い原告に帰属することとなつたと認めることができるのである。したがつて、たとえ本件係争定期預金が前掲の〈1〉、〈2〉及び〈4〉の資産を基礎として形成されたものであることが認められるとしても(〈3〉の在庫商品が本件係争定期預金の形成の無関係であることは前述のとおり。)そもそもこれら資産は合名会社から原告に譲渡されたものであつたのであるから、本件係争定期預金自体も原告の資産というべきである。

これらを総合すると本件係争定期預金は個人資産であるとの原告の主張を採用することはできず、したがつて、被告が本件係争定期預金を原告の資産であると認定した点に違法はないというべきである。

なお、原告は、本件係争定期預金等が原告の簿外資産であるとしても、その成立を遡れば一政らの個人資産に行き着くのであつて、これを法的に評価すれば混合寄託と認められるから、前記〈1〉ないし〈4〉記載の資産の合計額に対する運用益を個人仮受金に計上すべきであるとも主張する。しかし、前述のとおり本件係争定期預金の基となつたのは合名会社の資産であつて個人資産ではないし、合名会社の簿外資産は包括的な営業譲渡によつて原告に帰属することになつたと認められるのであるから、その運用益も当然原告に帰属するはずのものであり、個人仮受金に計上すべきいわれはない。よつて、この点に関する原告の主張も採用することはできない。

以上を総合すると、原告の主張はいずれも採用することはできず、したがつて係争第一年度の期首及び期末の定期預金の合計額は被告の主張どおりそれぞれ四二九五万四八〇七円及び五六八三万七〇〇六円であることが認められる。

3  岐信・那加の普通預金について

次に1項の(一)の岐信・那加の松本成一名義の普通預金の帰属について検討する。

岐信・那加に松本成一名義の普通預金口座が存在したことは当事者間に争いがない。

そこで右普通預金の帰属につき検討するに、前掲各証拠の外、成立に争いのない乙第二二号証、第三一号証、第四一ないし第四三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二三号証によれば次の各事実を認めることができる。

(一)  昭和二七ないし二八年ころ、一政と正男は家庭内の問題や経営方針をめぐつて対立し、両者は仲が悪くなつた。そのため正男は家を出ることになる可能性も考え、手元に現金約一五〇万円を用意する一方、一政は合名会社の額面一〇〇万円弱の受取手形を持ち出して現金化し、これを元手に愛人であつた亀山はるえ方を拠点として自己の独断で生糸や絹織物等の売買を始めた。

なお、その後除々に両者の仲は改善され、係争第一年度ころには既に両者は和解していたが、一政の独断による取引は続けられた。

(二)  一政は右取引によつて得た利益を岐信・那加の松本成一名義の普通預金口座に預け入れ、また右取引のための資金をこの口座から出していた。また、たびたびこの口座から金員を払い出しては前記亀山にこれを贈与したり、自身が市議会議員選挙に出馬した際の選挙費用にあてたりもした。常々、一政は亀山に対し、自己の死亡時には岐信・那加にある各預金を亀山に贈与したい旨を話していた。

(三)  一政は各預金の通帳や使用印鑑は個人で保管していたが、昭和三五年六月に一政が死亡してからは、正男がこれを管理するようになつた。

亀山は正男に対して、右各預金は自分のものであると主張して通帳等を引き渡すよう要求したが、正男がこれを拒んだために、亀山は正男に対して民事訴訟を提起した。

右訴訟において、正男はこれらの預金は原告に帰属すると主張して争つたが、結局昭和三七年ころ、預金の大半を亀山が受け取る旨の訴訟上の和解が成立した。

(四)  正男らは、一政の死亡に伴う相続税の申告において各預金を個人財産として申告してはいない。

以上の各事実を認めることができ、これらを覆すに足る証拠はない。

右認定事実を総合すると、一政が合名会社や原告の実権を握つていた正男らの判断を仰がず、独断で生糸や絹織物の取引を行つており、この取引のために松本名義の普通預金の出し入れが行われてきたこと、一政は右取引に使用する外にもたびたび預金を引き出しては専ら自己の私用に用いていたことが認められる。

しかしながら、右取引はそもそも原告の前身たる合名会社の資産である受取手形を元手としたものであるし、原告のごとき同族会社においては代表者が会社の資産を私用に供することはままみられることであるから、これらの事情をもつてただちに一連の取引が一政の個人事業であつたとするのは相当ではなく、むしろ前記2において認定したとおり一政が事業開始届をしておらず、事業所得の税務申告をもしていなかつたような事情に照らせば、右取引は正男の黙認の下に一政が独断で行つた合名会社及び原告の簿外取引であつて、したがつて前記普通預金も原告の資産であつたと解すべきである。

また、前述のとおり亀山が各預金は一政の資産であつたとして、これを要求する訴訟を起こし、結局和解により亀山が金員の大半を受け取ることになつたことが認められるが、和解の内容は当事者の意思によつて左右されるから必ずしも権利関係の実体と合致しているとは限らず、亀山と一政との関係からすると預金の帰属にかかわらず正男がこの程度の和解金を出したとしても不自然とはいえないことなどからすると、前記認定を覆すに足るものとはいえない。他にこの認定に反する事情もない。

以上によれば、前記普通預金は原告の簿外資産というべきであり、したがつて係争第一年度の期首及び期末の普通預金の額は被告の主張どおり一一一万五一五一円及び二二九万三九五一円であることが認められる。

4  仮受金について

仮受金につき検討するに、2項に認定のとおり合名会社から原告に対して簿外資産を含めて営業譲渡が行われたのであるが、前掲甲第一三号証によれば原告は設立に際して合名会社より帳簿上引き継いだ資産と負債の差額を「合名会社勘定」として負債科目に計上していることが認められる。ところで、前記3記載の〈1〉、〈2〉及び〈4〉の資産はこれが存在することは当事者間に争いがなく、これらが合名会社の簿外資産であつたと認定できることは既に述べたとおりであるから、被告において原告が営業譲渡の結果得た資産と負債の差額分を仮受金として負債科目に計上した点に違法はない。これに対して原告は、右各資産は一政らの個人資産であつたのであるから、これらを運用して得た本件係争定期預金は原告の資産ではなく、したがつて右各資産に対応する仮受金も計上する必要がないと主張するが、そもそもこれらの資産が個人資産とは認められないことは前述のとおりであつて、原告の主張は前提を欠くというべきである。

また、原告は、原告が合名会社から引継いだ簿外資産につき、その利息相当分を附加してこれを負債項目に計上すべきであると主張するが、前記認定のとおりの合名会社から原告に資産が引継がれ、まもなく合名会社が解散した事情、これに本件においては、原告と合名会社との間には何らかの利息に関する約定がされた形跡がないことからすると、右利息相当分も仮受金に附加してこれを負債項目に計上するのは相当ではなく、原告の右主張は採用しえない。

5  個人仮受金について

本件係争定期預金の運用益を個人仮受金に計上するという主張が採用できないのは先に述べたとおりである。

6  繰越利益・別途利益について

以上のとおり、別表一の係争第一年度の課税貸借対照表に記載された勘定科目のうち、争いがある部分についてはすべて被告主張のとおりの額であると認めることができる。これによつて計算すると、第一年度の繰越利益及び別途利益も被告主張のとおりの額になるものである。したがつて、係争第一年度の原告の所得金額はこの別途利益一三九八円二七五三円と申告所得額三六二万四九二七円を合計した金額の一七六〇万七六八〇円であることが認められる。

四  係争第二年度の所得金額

1  別表二の係争第二年度の課税貸借対照表の勘定科目に計上された数額につき原告が争つているのは次の諸点であり、その余の勘定科目及びその数額については当事者間に争いはない。

(一)  普通預金のうち、岐信・那加松本成一名義の普通預金口座分

期首 四四万一八三三円

期末 一五万五四六八円

(二)  通知預金(全部)

期末 五〇万円

(三)  定期預金のうち大共・那加預金分のうちの本件係争定期預金

期首 計八〇口 三四七四万八一六〇円

期末 計一三四口 三六〇五万六五〇五円

(四)  仮受金

期首及び期末 三〇二五万四八四四円

(五)  個人仮受金のうち、本件係争定期預金の利息の一部及び右預金の一部の払戻金にして、原告のために使用されたと原告が主張する分

期末 七八万三三九九円

(六)  未納事業税のうち

期末 二二万六六〇〇円

(七)  繰越利益金・別途利益のうち、次に掲載する分

繰越利益 別途利益

期首 二八一万八四〇二円 二一一万六七四七円

期末 四九三万五一四九円 二〇七万八七九七円

2  右の各争点のうち、(一)、(三)及び(四)が原告の簿外資産であり、これらの期首の数額が被告の主張のとおりであることは前記認定のとおりであり、期末の数額については、当事者間に争いがない。

なお、四の仮受金につき利息相当分を附加して、これを負債項目に計上することが相当でないことは、前記と同様である。

(二)の通知預金については、第二年度中に岐信・那加の松本成一名義の普通預金口座から五〇万円が払い出され、松本清市等の名義で五口の通知預金として預け入れられたことは当事者間に争いがなく、前述のとおり右普通預金は原告の簿外資産であると認められるから、これを預け換えたものである通知預金が原告の簿外資産であることは明らかである。

(五)の個人仮受金については、原告は大共・那加の本件係争預金の利息や解約金が原告のために使用されたことを理由に(五)のとおり増額すべきであると主張するが、前述のとおり本件係争定期預金は原告に帰属すると認められるから、この主張は前提を欠き、採用することができない。

また、(六)の未納事業税については、そもそも事業税は前年度の所得金額に応じて法定の計算方法により算出されるべきものであるところ、係争第一年度の所得金額は前記認定のとおり一七六〇万七六八〇円であり、被告の主張する未納事業税の額はその範囲内である一七三九万九二五五円(係争第一年度の更正処分の所得金額)を基準に計算した税額と納付済の額の差額であるから、これは正当なものということができる。

3  以上のとおり、別表二の係争第二年度の課税貸借対照表についても、勘定科目のうち争いがある部分についてはすべて被告主張のとおりの額であると認めることができる。これによつて計算すると、第二年度の繰越利益及び別途利益も被告主張のとおりの額になるものである。したがつて、係争第二年度の原告の所得金額はこの別途利益七三八万五九九七円と申告所得額三三九万六八七五円を合計した金額の一〇七八万二八七二円であると認められる。

五  係争第三年度の所得金額

1  別表三の係争第三年度の課税貸借対照表の勘定科目に計上された数額につき原告が争つているのは次の諸点であり、その余の勘定科目及びその数額については当事者間に争いはない。

(一)  普通預金のうち、岐信・那加松本成一名義の普通預金口座分

期首 一五万五四六八円

期末 四四万四七三二円

(二)  通知預金(全部)

期首 五〇万円

期末 一〇万円

(三)  定期預金のうち、

(1) 岐信・那加預金分(全部)

期末 四〇万四五〇〇円

(2) 大井・那加預金分のうち本件係争定期預金

期首 計一三四口 三六〇五万六五〇五円

期末 計一三七口 三七一〇万七三四七円

(四)  仮受金

期首及び期末 三〇二五万四八四四円

(五)  個人仮受金のうち、本件係争定期預金の利息の一部及び右預金の一部の払戻金にして、原告のために使用されたと原告が主張する分

期首 七八万三三九九円

期末 九三万四一〇〇円

(六)  未納事業税のうち、

期首 二二万六六〇〇円

期末 四四万六一〇〇円

(七)  繰越利益金・別途利益のうち、次に記載する分

繰越利益 別途利益

期首 四九三万五一四九円 二〇七万八七九七円

期末 七〇一万三九二八円 二〇五万九二一〇円

2  右の各争点のうち、(一)、(二)、(三)(2)、(四)及び(五)が原告の簿外資産であり、これらの期首の数額が被告の主張のとおりであることは、前記三及び四項認定のとおりであり、期末の数額については当事者間に争いがない。

(三)(1)の岐信・那加の定期預金については、第二年度中に預け入れられた松本清市名義等の五口の通知預金のうち四口が第三年度中に解約され、二口の仮名定期預金として預け入れられたこと(計四〇万四五〇〇円)は当事者間に争いがないところ、右各通知預金は前述のとおり原告の簿外資産であると認められるから、これを預け換えたものである右定期預金もまた原告の簿外資産であることは明らかである。

(四)の仮受金につき利息相当分を附加してこれを負債項目に計上することが相当でないことは前記のとおりである。

(六)の期末の未納事業税については、係争第二年度の所得金額は前記認定のとおり一〇七八万二八七二円であり、被告の主張する未納事業税の額はその範囲内である一〇五三万三二三七円(係争第二年度の再更正処分の所得金額)を基準に計算した税額と納付済の額の差額であるから、係争第二年度の分と同様にこれも正当なものということができる。

3  以上のとおり、別表三の係争第三年度の課税貸借対照表についても、勘定科目のうち争いがある部分についてはすべて被告主張のとおりの額であると認めることができる。これによつて計算すると、第三年度の繰越利益及別途利益も被告主張のとおりの額になるものである。したがつて、係争第三年度の原告の所得金額はこの別途利益七三八万五九九七円と申告所得額三三九万六八七五円を合計した金額の一〇七八万二八七二円であると認められる。

六  してみると、係争第一ないし第三年度の原告の所得金額は、いずれも被告の主張どおり別表一ないし三の各別途利益と各年度の申告額を合計した額であると認めるべきである。ところで、本件各更正処分において、被告が、各年度の所得金額につき、第一年度は一七三七万九二五五円、第二年度は一〇五三万三二三七円、第三年度は一八三四万〇二三二円と認定したことは当事者間に争いがないところ(請求原因4)、右各金額は前記認定の各年度の所得金額の範囲内であるから、所得の認定につき違法はない。また、係争第一年度の法人税額は、所得金額は一七三七万九二五五五円であるとして考えた場合、原告は前記認定のとおり同族会社であるから、法人税法一七条(昭和三七年法律第四五号による改正前のもの)、一七条の二(昭和三六年法律第三六号による改正前のもの)に基づき所定の税率により計算すると、七一九万四〇八〇円となると認められ、同様に係争第二年度の法人税額は、所得金額が一〇五三万三二三七円であるとした場合、四二八万七三〇〇円になると認められる。また、係争第三年度の法人税額は、所得金額が一八三四万〇二三二円であるとした場合、同法一七条(昭和三七年法律第四五号による改正前のもの)、一七の条二(昭和三七年法律第六七号による改正前のもの)に基づき所定の税率により計算し、預金利子に対する所得税額九万九三六七円(当初申告と同額)を控除すると七二八万二四六〇円になると認められる。したがつて、各年度の税額の決定もいずれも正当なものであつて、被告の本件各更正処分はいずれの点においても違法はないというべきである。

以上の次第で、本件各更正処分の取消を求める原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判所裁判官 川端浩 裁判官 伊藤茂夫 裁判官 坪井祐子)

(別紙)

〈省略〉

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